Ray

b0109481_253198.gif その長女と観た『Ray』。レイ・チャールズの生涯を描いた映画です。いや、もう、とにかく、レイ役のジェイミー・フォックスが素晴らしかったです。ユーモアがある、ペーソスがある、パンチがある。
 そして映画の中にふんだんにちりばめられた楽曲の数々。これがまた、ストーリーとうまくからめて歌われる。『ホワッド・アイ・セイ』『旅立てジャック』『愛さずにはいられない』……はるか昔のヒットソングを、スクリーンに合わせてノリノリで歌う私、ひょいと隣を見ると、長女は号泣、へんな親子(笑)。そう、この映画も、親には懐かしく、子どもには新鮮なものなのかもしれませんね。
 レイ・チャールズさんも、『鉄人28号』の原作者、横山光輝さんも、昨年、天に召されました。時は過ぎ、人は逝く……けれどもその足跡は、生きた証として残るのですね。

 長女の涙は、歌に感激したことはもちろんでしょうが、レイの人生そのものの迫力に、心をゆさぶられてしまったのでしょう。
 弟を自分のせいで死なせてしまったというトラウマ、黒人で盲目であるということで受ける差別、それを才能と知性で跳ね飛ばしミュージシャンとして大成功するレイ、けれどもはまってしまったドラッグ、ドロドロの女性関係、しかしプライドを持ち困難を乗り越えていく強さ……いくつものエピソードが、観客の胸にせまりうる力をもって描かれている映画です。レイの母、妻、愛人といった女優陣の演技も素晴らしい。久々に、もう一度観にいきたいと思った作品でした。実際、長女は後日、友だちともう一度観にいきました。 私はといえば、観た日の翌晩、カラオケでレイの『ジョージア・オン・マイ・マインド』を歌ってしまいました(笑)。

# by makisetsu | 2005-02-21 18:00 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

蒼井優さん 

すっかり映画コーナーのようになってしまいましたが(笑)今回もまた、シネマ話におつきあいくださいませ。

b0109481_3483020.jpg 松竹系で来月、3月19日封切りの『鉄人28号』。アニメではなく実写。親には懐かしく、子どもには新鮮、親子で楽しめる、ちょっとレトロな香りのする映画です。
 その主役の金田正太郎役の池松壮亮くんと、正太郎に鉄人の操縦を教える天才科学者、立花真美役の蒼井優さんにインタビューをしてきました。記事は、2月19日の「朝日小学生新聞」に掲載されています。
 インタビュー場所は、試写が行なわれた新宿厚生年金ホールの楽屋。スケジュールの都合でどちらも数十分という短いものでしたが、芸能好きの私は楽しかったですね(^-^)v 
 池松くんは『ラストサムライ』にも出演していましたから、「トム・クルーズって、かっこよかった?」とか聞いたりして。もう、ただのミーハー(笑)。蒼井さんは顔が小さく体はスリム、清潔感あふれる女の子でした。
 池松くんは中学生、蒼井さんは十九歳ですが、二人とも、こちらが出した質問を、なにが聞きたいのかピピッと察知し、応えてくれる。そして、おかしなことは言わない、なにを言うべきかをちゃんと心得ている。芸能界というキビしい世界で活躍しているだけのことはあるなあと、ただただ感心。二十歳を越えたうちの娘二人より、ずっとしっかりしているワ、というより、?歳をとうに越えてる私よりも、ずっとしっかりしているワ、私も少しはキリリッと生きていかなきゃねえと、自己をふりかえった二月某日でありました。

 蒼井さんより4歳上の、うちの長女牧野エリは、歌とピアノのライブを都内のライブハウスなどでちょこちょこ行なっています。腕はまだまだですが、お気が向いた方は聴きにいらしてくださいね。スケジュールなど詳しいことは、牧野エリのHP「赤と白のお部屋」をのぞいていただけましたら嬉しいです。

# by makisetsu | 2005-02-21 17:59 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

ターミナル

あけましておめでとうございます。
 2005年はどうか、「災」ならぬ「愛」の年になりますように。
 年も明けて早一週間、
b0109481_204658.gif昨日(7日)の昼は大学の補講、夜は某所でルポの取材でした。そのあいだ数時間あったので、渋谷で『ターミナル』を観てきました。スピルバーグ監督の作品を観るのは、3年前の『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』以来でしょうか。

『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』は、60年代に実在した天才詐欺師フランクをレオナルド・ディカプリオが、そしてフランクを追いかけるFBI捜査官をトム・ハンクスが演じた、痛快エンタテインメントとして文句のつけようのない映画でした。

十七歳の詐欺師フランクは医師や弁護士やパイロットに変装して、まわりの大人たちをまんまとだまし、偽造小切手で大金をせしめていくのですが、パイロットに扮したディカプリオが、もう最高! その制服姿の凛々しいこと。別に私、制服フェチではありませんが(笑)ああ、ディカプリオってやっぱり美しいわ、そして演技もたいしたもんだわ、としみじみと思った一作でした。ちなみに私がレオ様の映画で一番いいなと思っているのは『仮面の男』ですが、レオ様話をするとかなり長ーくなるので(笑)それはまた別の機会に。

 スピルバーグ監督の映画は、いつも、とってもわかりやすい。そこが好きです。彼は多様な映画を撮りますが、なかでも私は、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』や今回の『ターミナル』のような軽妙洒脱な映画が好き。大げさでなく重すぎず、長すぎない(笑)。胃にこたえずにさらりと消化できます。

b0109481_211937.gif 『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』では渋く男っぽいFBI捜査官だったトム・ハンクス、今作『ターミナル』では、東欧のクラコウジアという国からNYにやってきた、素朴な男ビクターを演じます。
 あるひとつの目的を持ってNYにやってきたビクターは、けれど空港に着いたとたん、そこで足留めをくらってしまいます。クラコウジアでクーデターが起こり、事実上、国が消滅して、パスポートが無効になってしまったからです。

  ターミナルから一歩も出られないという事態に陥った彼は、出ることができる日を待ちながら、そこで生活を始めます。
 お腹をすかせたビクター。食べるものは手持ちのクラッカーしかない。そのクラッカーを食べるシーンがいいんですよ。クラッカーにケチャップやマスタードをぬりながら何枚も重ねて、一番上をぎゅって押さえると、クラッカーの穴から中身がプチュプチュって出てくる、これがなんとも、おかしく、哀しい。ビクターのキャラと状況を象徴しているようにも見えて。そしてその食べ方から、ビクターの育ってきた家庭も見えてきて。映画の中のこういう「小技」って大拍手したくなっちゃうんだけど、映画館でそれやるわけにもいかないから、心の中で大拍手してました。

 「Life is waiting」(人生は待つこと)というのがこの映画のキャッチ・コピーですが、ビクターはただ漫然と時間をすごしているわけではなく、いつも前向きに行動しながら、待っています。
 まるで英語ができなかったビクターですが、本と首っ引き、空港内のテレビからの音も参考にして、英語がみるみるうまくなっていきます。始めは彼をうさんくさく思っていた空港職員の人たちも、やがて彼のピュアな人柄に魅せられていきます。彼らとの交流のうちで、食事もできるようになり、仕事も見つけ、デートのためのスーツまで新調するビクター。そう、ビクターはターミナル生活のなかで、一人のフライトアテンダントに恋までしちゃっていたのです。
 
  そのフライトアテンダントを演じるのは、美しいキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ビクターを空港から追い出して逮捕させたいと思っている警備局主任役はフランク・ディクソン、と脇役にも魅力的な俳優さんたちが揃っていますが、ピカイチは、空港清掃員グプタ役のクマール・パラーナ。私、この俳優さんは、この映画で初めて知りました。プロフィルを見ると、前は軽業師、ショーマンだったとか。この映画のなかでも、ジャグリングはするわ皿回しはするわで大活躍。1918年生まれとありますので80代後半なのですね。全身が「味」になっている、いい俳優さんだなあと思いました。
 
  これから観る方に、あまりネタバラシしてもいけないけれど、ラストのジャズのシーンも、本当にいいスよ。
 
  友情に恋に家族愛。さまざまな「愛」が、重すぎず、大げさでなく、ほどよいぬくもりでじんわりと伝わってくる映画。新春に心をあたためたい方はぜひどうぞ。って、私はドリームワークスの宣伝員か(笑)。
 ちなみにトム・ハンクス主演の映画で私が一番好きなのは、88年の『ビッグ』です。デパートのおもちゃ売場の床にある、踏むと音の出る大きな鍵盤をトムが足で演奏する場面が、すごく素敵なんですよね。あの頃のトムはまだ若くて、お腹も出ていなかった(笑)。
 まあ、お腹は出ていてもまだまだチャーミングなトム。今作では泣き顔がよかったなあ。男の人の泣き顔って好きです。『僕の生きる道』のツヨポンの泣き顔や、もうずいぶん前の野島ドラマ『高校教師』の真田広之さんの泣き顔にも心をグイとつかまれたことがあります。泣き顔話をすると長ーくなるので、それもまた別の機会に(笑)。

「Life is waiting」
 深い言葉ですね。
 あなたはなにを待っていますか。
 待ちながらなにをしていますか。

 始発した2005年が、皆様にとって幸せな一年でありますように。
 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

1月9日

# by makisetsu | 2005-01-09 18:01 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

はい、吾郎さん。

2004年は吾郎ちゃん大活躍の一年でした。
例の渋谷クルマ事件から早三年、あのとき「稲垣吾郎脱退か?」「SMAP解散か!」そんな噂が飛び交うなかで、『されどSMAPを愛す』という擁護記事を『婦人公論』(2001年10/7号)に書いた、吾郎ちゃんファンの私としては嬉しいかぎりです(^-^)v
 まず春には&g(アンジー)の名で出した『Wonderful Life』がヒット。
 これはツヨポン主演の『僕と彼女と彼女の生きる道』の主題歌です。聴いていると、さりげなく背中を支えてもらってるような気持ちになる、優しくあたたかな歌でした。
 
b0109481_2135541.jpg♪雨上がり 虹を見上げ 僕たちは羽ばたける未来を想う けれど ぬかるんだ その足下が 今日を支えてるから 僕は踏み出せる 最高の舞台(ステージ)へ♪
 
テレビドラマ「金田一耕助」シリーズは4月にスタート。第一弾は『犬神家の一族』、10月の第二弾は『八つ墓村』でした。吾郎ちゃん金田一は、フケをパラパラやってても不思議と清潔感あり、野暮い感じがしないのがいい。このドラマ、メインストーリーの前後に横溝正史役で出てくる小日向文世さんのひょうひょうとした演技も素敵です。
 
  秋。9月11日には、「9・11」を取り扱ったドキュメンタリードラマにも出ていましたね。   
 そしてなんといっても、今年の吾郎ちゃんの最高の仕事はこれです。映画『笑の大学』。
 三谷幸喜さんのこの作品はもともとはラジオドラマ、そのあと舞台になり、そして今回映画化されました。
 私は三谷幸喜さんのお芝居はほとんど観ていますが、この舞台が一番好きです。96年の青山円形劇場での初演、98年の渋谷バルコでの再演、どちらも観にいき大いに笑い、そして泣きました。

b0109481_456562.jpg 拙著『童話を書こう!』(青弓社・2000年)のなかでも、その舞台について書いたところがあります。こんなふうに。

 アドバイスや批判や注文を受け入れ、それをクリアして、なおかつ、前よりおもしろい作品にするというのが、書き直しの楽しさ、というか醍醐味だ。
 そのことを教えてくれたのは、三谷幸喜氏脚本の芝居『笑の大学』。こんなストーリーの二人芝居である。
 時は昭和初期。古川ロッパの劇団「笑の王国」や、榎本健一の「エノケン一座」が大人気だったあのころ。けれども、当時日本では、あらゆる芝居の脚本が検閲されていた。どんな芝居も、初日の十日前までに、警視庁保安部保安科興行係に脚本を献本し、「支障ナシ」という印をもらわないかぎり、上演することはできないのだった。
 一九三七年、日華事変勃発。戦時体制が強化され、映画・演劇など娯楽に対する規制は厳しくなっていった。近藤芳正氏演じるところの、劇団「笑の大学」の座付作者が、西村雅彦氏演じる検閲官に、芝居脚本を持っていく。検閲官は、脚本に厳しいチェックを入れる。はじめから、芝居を上演させる気などないのだ。この戦時下に「喜劇」などとんでもない、とコチコチの検閲官は考えている。
  だが、座付作者は、翌日、指摘された問題点をクリアし、さらにおもしろく書き直した脚本を持っていく。また、別の点をチェックする検閲官。また翌日、書き直して持っていく作者。検閲、直し、検閲、直し……やがて検閲官は、脚本のおもしろさにひきずりこまれ、座付作者といっしょに、その場で演技をやってみたりもする。二人のあいだに芽生えていく奇妙な友情。そんな座付作者のもとに、召集令状が届く……。
 検閲官の指摘が、ただ上演をさせないがためのイジワルなもののようでいて、ところがじつは、的を射た鋭い指摘であったりして、書き直した脚本がどんどんおもしろくなっていく……その過程にワクワクさせられる芝居である。(『童話を書こう!』第8章より)

b0109481_458242.jpg 映画『笑の大学』では、舞台で西村雅彦さんが演じた検閲官向坂睦男(さきさかむつお)を役所広司さんが、近藤芳正さん演じた座付作者椿一(つばきはじめ)を吾郎ちゃんが演じています。
 映画を観る前、正直ちょっと不安でした。舞台があまりにすばらしかったのでその印象が強く残っていましたし、映画脚本は舞台と少し違うとはいえ、それでもほとんど二人だけで進む芝居を、吾郎ちゃんはどれほどこなせるのだろうかと。
 しかしそんな心配は杞憂でした。「笑い」を心から大事に思っている若く真摯な脚本家の役を、吾郎ちゃんは素直に、そして見事に演じきっていました。熟成された近藤さんの演技とはまた違った、若くさわやかな味が出ていました。

三谷さんが映画用に脚本を直し、監督は星譲さん。星さんは『古畑任三郎』や『僕の生きる道』や、吾郎ちゃんの『ソムリエ』や「金田一」を演出していた方で、でも監督はこれが初めて。けれど初めてとは思えないほどその撮り方は巧みです。スムーズな場面のつなぎ方、アップとロングでのめりはりのつけ方、光と色の使い方、テレビドラマでも感じてはいましたが、大きなスクリーンで観てあらためて、美しい画を撮る方だなあと思いました。
 二人の密室劇である舞台だと会話だけから想像しなくてはいけないところが多々ありますが、映画では、そういった場面、たとえば「劇団の舞台」「劇場の様子」「向坂の家」「チャーチルやヒトラーが寿司をにぎるところ」などを映像として見ることができるのが楽しい! でも逆に映画ではカットされたところもあって、舞台では出てきたカラスやカラス小屋や小鳥のエピソードが出てこないのがちょっと残念でした。向坂のキャラを表現するのに絶好のエピソードだと思うので。
 でも舞台も映画も、それぞれが本当に完成度が高いことに感嘆! です。
 舞台では、笑わせて、ラスト近くでじんとさせて、そしてラストはまた笑わせて落とすのですが、映画はじーんとしたまま終わらせる。せつない余韻が残ります。どちらもすばらしい! 映画を観て気に入った方は、舞台のビデオもぜひレンタルしてみてください。
 コチコチの検閲官が、座付作者の脚本のなかの台詞「さるまたしっけい(『こりゃまた失敬』のもじり)」を言う場面があるんですが、西村さんの、そして役所さんの「さるまたしっけい」を聞き比べるのもおもしろいですよー。

b0109481_4542279.jpg このところ風邪に悩まされていたので映画を観た本数が少なく、このほかには『シークレット・ウインドウ』ぐらいでしょうか。大好きなジョニー・デップ主演、スティーヴン・キング原作ということで期待していたのですが……うーん……あまりふれたくない(^-^;)。全体的に大味な感じがしました。サイコ・スリラーとしてもそんなに怖くない。同じ色合いの映画(といっても、ずいぶん前の作品ですが)キング原作、S・キューブリック監督、J・ニコルソン主演の『シャイニング』には及ばないよねえと思いました。
 いえ、でも、デップ様のお顔がスクリーンに映っていれば、それだけでよいといえばよい(笑)。デップ様がボサボサ髪で、破けたよれよれよガウンを着てポテチを食べているシーンがあったんですが、あのくたびれた表情が可愛かったなあ。
 2005年1月公開の次作『ネバーランド』では、デップ様は『ピーター・パン』の原作者ジェームズ・M・バリを演じます。バリです、バリ。ああ、なんだかいまからドキドキします。すでに期待過剰(笑)。

 さて吾郎ちゃんの今年のお仕事といえばもうひとつ。1月~3月にやっていて、そしてまた10月から始まった『ほんとにあった怖い話』。視聴者から寄せられた「怖い話」を再現ドラマにしたものをいくつか流し、それを吾郎ちゃんと数人の子どもたちが見てワアワアギャアギャアいってるという、なんてことない番組ですが、その「なんてことなさ」が、つかれなくてよい(笑)。再現ドラマは怖い話ばかりではなく、ほろりとするいい話があったりもします。出演している子どもたちは怖さに震えたり、または感動して涙を流したりもします。演技してる子もいるのでしょうが、どう見てもマジで泣いている子もいます。
 今週の『ほん怖』、再現ドラマのうちのひとつはこんな話でした。

  クリスマスでにぎわう町。
 楽しそうな家族連れを、さびしそうに見ている一人の男の子。男の子のお父さんは、4年前事故で亡くなっていました。
 男の子のうちはラーメン屋。お父さんが残した店を、お母さんは一人でがんばって続けています。忙しくてクリスマスどころではありません。
 イヴの夜。寝入っていた男の子は、人の気配で目が覚めました。
「……サンタさん?」
 いいえ違うようです。白くぼうっとかすんだ人影……。
男の子は怖くて目をぎゅっとつむり、そのうちまた眠ってしまいました。
 朝になるとプレゼントがおいてありました。

 朝ごはんのとき、お母さんがにこにこ笑っています。
「きっとサンタさんがくれたのね」
「サンタさんじゃないよ。煙草のにおいがしたんだ。頭もなでられたよ」
 お母さんは驚きの表情を浮かべました。
「……ああ、お父さんだったのね! お母さんもね、昨夜、お父さんの気配を感じたのよ」

 という、かなりベタな話でしたが、子どもたちは全員号泣! 番組には心霊研究家という人が出ていて、再現ドラマから得た教訓のようなものを述べ諭します。そしてそれを受けて吾郎ちゃんがまとめ、子どもたちに、霊訓(?)として伝えます。こんな感じで。
「みんな、落ち込んだときや辛いときは、お父さんお母さんの顔を思い浮かべよう。そうすれば必ず元気になれる!」
 すると子供たちは声をそろえて応えます。
「はい、吾郎さん」と。
 もちろんこれはテレビという「虚」の世界のことですし、霊訓(?)によっては、「それは『はい』じゃないだろっ」と突っ込みたいものもありますが、なんであるにせよ、「はい」という、その音の響きは心地よいものだなあというのを、この番組を見るたびに感じます。
 許諾としての「はい」の連発は危険ですからよく考えて発しなければいけませんが、返事としての「はい」は、もっと使われていいものなのだなあと思います。
 ♪はいっ、はいっ、はい、はい、はい、はい、あるある探検隊……
 レギュラーというお笑い二人組の「あるある探検隊」というネタはですね……あ、また話がお笑い方面に……(^-^;)そっち方面にいくと切りがなくなってしまうので、今日はひとまずこのへんで~(^-^)/

 年末に向かいせわしない毎日ですが、なるべく気持ちにゆとりをもっておすごしくださいね。……あら? あの方の声が聞こえてきたわ。
「みんな、暴飲暴食には気をつけよう!」
 はい、吾郎さん。

12月9日

# by makisetsu | 2004-12-09 18:02 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

星の王子さま

b0109481_4275399.jpg さてポーラ美術館からまたバスに乗り、今度は「星の王子さまミュージアム」に。
(ポーラ美術館の記事は、『音楽・美術』のカテゴリに入れてあります)
 入口に虹色のシャボン玉が飛びかっています。星の王子さまの立像があります。
「わっ、王子さまだ。写真、写真!」
 長女は、往きのロマンスカーの中で『星の王子さま』を読み切ったばかりなので、一番ノッていました。
  ミュージアム全体がひとつの小さな街のようになっていて、点燈夫の広場、ウワバミの小径、天文学者通り……それぞれの広場や通りに、「星の王子さま」の登場人物の名前がついています。
 サン=テグジュペリの一生を順に追っていくつくりになっている展示ホールには、実際に本人が着ていた軍用コートがあったり、彼が住んでいたアルゼンチン時代のオフィスや、『星の王子さま』を執筆したニューヨークのアパートの部屋が再現してあったりして、生きていた頃の彼のそばに、少しだけ近づくことができたような気がしました。
 『星の王子さま』の世界的な成功を知らないまま、サン=テグジュペリは飛行機に乗って行方不明に……つまり空に消えてしまったわけですが、その最後は、作品『星の王子さま』のラストとシンクロしています。作者というものは、「私の人生はこの先、こうなるだろう……」という予感がして、そのような作品を書き残すのでしょうか。それとも、書いた作品に、自身の人生が引っぱられてしまう、というようなことがあるのでしょうか。
 そんなことを考えながら、星の王子さまミュージアムを出る頃には、もう日も暮れかかっていました。すいたおなかを抱え、ホテルにチェックイン。

 Hホテルの夕食は、フレンチジャポネのコースです。
メインディッシュの鴨肉を運んできてくれたギャルソンが声をかけてきました。
「ポーラ美術館にも、いらっしゃいましたね」
 見上げると、あっ、美術館のカフェでケーキを運んできてくれた人ではありませんか。
「え? かけもちしていらっしゃるんですか」と思わず訊いてしまった私。
 ポーラ美術館とHホテルの料理部門に同じ会社が入っているのです、というような説明を彼はしてくれました。
「あ、だから、どっちも美味しいんですね」
 そう言うと、彼はにっこり。とても感じのいいギャルソンです。
b0109481_4571726.jpgイヴ・モンタン主演の『ギャルソン』という映画を思い出します。カフェの客とテーブルのあいだをきびきびと動いていくモンタンの姿が美しく魅力的で、地味だけどいい映画でした。
ちなみに前述の『ピカルディのバラ』は、モンタンが歌う曲です。二十年ほど前、中野サンプラザホール、来日したモンタンのコンサートにいきました。それ以来大好きになった歌です。決して古びはしない二人の恋の想い出を歌った、甘くせつなくあたたかな曲。
  歌い手としても俳優としても、モンタンは超一流の職人でした。仕事をしている姿には、その人の人間性や生き方がにじみ出てくるものなのでしょうね。

 美味な絵と、食に満たされ、超熟睡。
 さて翌日は、前の日のアートモードはどこへやら。御殿場アウトレットまで足を伸ばし、すっかり買い物モードの女三人。
「わ、このセーター、30パーセント引き」
「こっちのジャケットは70パー引き!」
 御殿場から見える富士山に目もくれず(?)掘り出し物を探し、ショッピングモールを一日じゅう歩きまわったのでした。

 でも帰りの列車の中では、買った服を入れた紙袋は棚に乗せ、膝の上で「子どもの世界」展のカタログを開きます。そして《小さな職人たち》のページを繰りつつ、「いい仕事をする職人になりたいなあ……」と、しみじみ思う私なのでありました。


 急に寒くなりましたね。
 皆様、風邪などめしませぬよう、どうかお気をつけておすごしください。 10月12日

# by makisetsu | 2004-10-12 18:30 | 旅・お店情報など | Comments(1)  

ポーラ美術館

箱根のポーラ美術館で、来年(2005年)1月10日まで
「子どもの世界」展がかかっています。

 先日、娘二人といってきました。新宿からロマンスカーで元箱根へ。登山電車で強羅にのぼり、そこからバスで美術館に。
 降りたバス停から、木々に囲まれたアプローチブリッジを渡っていくと、明るい館内に誘い込まれます。高さをおさえて森にうずまっているような感じの美しい建物は、B2、B1、1F、2Fと四階建てで、ロビーやカフェやレストランに、陽光がふんだんにふりそそぐデザインになっています。

 展示室は全部で五つ。早速、展示室1の「子どもの世界」展に。ポーラ美術館のコレクションの中から、モチーフが子どもである作品を集めたものです。
b0109481_4262144.jpg ルノワールの描いた、レースの帽子を被った少女の薔薇色の頬は、指で押したらプチンとはねかえってくるような瑞々しさ。ドガが描いた、チュチュをつけた女の子は、これからバレエの舞台に立つのでしょうか、ちょっと緊張しているような表情に見えます。ピカソの絵は、息子のパウロを描いたもの。パウロはピエロに扮しています。ふわりとした白いコスチュームに、手に持った花束がとても映えています。パウロは背筋を伸ばし、きりりと立ち、まっすぐにこちらを見ています。絵筆を動かす父ピカソに向けられていた、そのときのまなざしそのままで。
 ほかにも、ボナール、ゴーギャン、ルソー、モネ、セザンヌ……うーむ、ポーラ美術館の絵画のコレクションはすごいとは聞いていましたが、期待以上です。

 そして本展のメインは、フランスにこよなく愛された日本人画家レオナール・フジタ(藤田嗣治)。フジタの作品はいままでにも何度か見てきましたが、そんなに好きだと思ったことはありませんでした。でも今回は、ガツーンとやられてしまいました。連作《小さな職人たち》に。
 タイルのような正方形の絵が三十六点。パリの庶民のさまざまな職業をとりあげ、人物を小さな子どもに見立てて描いている油彩画です。
 風船売りの女の子、猛獣使いの男の子……歯医者、御者、剥製師、アパルトマンの管理人、床屋、マヌカン、お針子、仕立て屋、ガラス職人、屑拾い……全部を子どもの姿で描いていて、その仕種や表情が、なんともいいのです。元気だったり、疲れていたり、嬉しかったり、哀しかったり、虚無だったり……ユーモラスであり、せつない。ちゃんと「生きて」いるのです。生活感がある。色も素敵です。フジタというと「白」のイメージが強いですが、この連作の色づかいはとても豊かで、中でも様々な「緑色」が印象的でした。

 どれもが15センチ四方の小さな絵ですが、奥行きと広がりがあります。
 絵の中に入りこんで、その向こうの広い世界で存分に遊べる……そういう絵が私は好きですが、フジタの《小さな職人たち》は、まさにそんな連作です。見ている私はひとつひとつの絵に入り、フレームの中には描かれていないけれど、フレームの奥にいるに違いない登場人物になって、生きることができるのです。

 『管理人』という絵の中に入ってみましょう。私は二階の隅の部屋に住んでいる小説家です。ドンドンドン、管理人がドアを叩いています。たまった家賃の催促です。無視してペンを走らせます。この小説が売れたら、耳を揃えて払ってやるさあ~。
 『バー』という絵の中に入ってみます。私はバーの片隅で……あ、「隅」が好きですね(笑)片隅で酒をかっくらいながら、あやしげなタッチで鍵盤を叩いているピアノ弾きです。けれど選曲だけはけっこうこだわっていて、『ピカルディのバラ』なんてのを弾いちゃったりしています♪
 というような感じで、絵の中の世界でいくらでも遊べるのです。

b0109481_4271495.jpgパリには、二十代の、いまよりずっとオカネがあったころ(^-^;)二度いったことがあります。二度ともルーブル美術館で迷子になりました。迷子になったまま、ここから一生出られなければいいなあと密かに願っていたのですが、一度目はツアーの添乗員さんに、二度目のときは同行の友人に発見されてしまいました、残念!(そういえば、6月のメッセージ『名台詞特集1』で書いた波田陽区さん、最近売れ売れですね(^-^)v )

 ポーラ美術館は、迷子になるほどの広さではありませんが、やはり、「ここから出たくないなあ……」と思わせてくれる空間でした。
 「子どもの世界」展だけでもたっぷりの見応えなのに、常設展も、モディリアニ、岸田劉生……挙げるときりがない名品がずらり。ポーラ化粧品の二代目社長だった、故鈴木常司氏は、19世紀フランス印象派とエコール・ド・パリの絵画400点あまりを中心に、9500点の美術品を40年に渡って収集したとのことです。美術館紹介のパンフのなかに名のあったマリー・ローランサンやユトリロやルネ・マグリットやダリの作品は今回は一点も展示されていませんでしたが、そんなに数があるのなら、無理もありません。まだまだ奥にざっくりと眠っているのです。ううう、全部見たい……よし、またくるゾー!

  西洋絵画と日本画を見たあとに、展示室4に入って、またまたびっくり。「没後百年展」と銘打って、ガラス工芸の魔術師、エミール・ガレの作品が……ううう、なんでこんなにあるんじゃあ! 二十点以上はあったと思います。きらきらきら……あああ、まぶしい。
 そのなかで、ガレにしてはシンプルな、つまり蜻蛉や茸や薔薇じゃなくて、白の編み目のような模様をベースにして、水色のガラスの粒をポツポツと散らした花器があって、ひと目で恋をしてしまいました。また逢いたいと思いましたが、絵画同様ガラス工芸も、ドーム兄弟、ルネ・ラリック、錚錚たるアーティストの作品がいっぱいあるようで、展示は当然いろいろ入れ替えるのでしょうから、再訪したときに逢えるかどうか……。
 それにしてもすごいコレクション! 出るのはため息ばかりなり。けれど展示作品を見ていると、「金にあかせて集めた」という感じはそんなにしません。センスがいい。鈴木氏は、本当に美術品が好きな方だったんだろうなあ……。
 感嘆のため息をつきつつ、カフェで紅茶を飲みます。グリーンとイエローのティーカップがポップで可愛いこと。
三人で色違いのケーキを頼みました。ブルーとチョコとワインカラー。
ケーキを運んできてくれたおにいさんは、ひとつひとつの説明をしてくれました。デザインもアート感いっぱいで、味もおしゃれなケーキでした。

# by makisetsu | 2004-10-12 18:05 | 音楽・美術の感想など | Comments(0)  

帯正子先生

 ……と、プチ旅行記をノーテンキに綴っているときに、哀しいお知らせがあり、愕然としました。
 帯正子先生が……ご逝去されました。私の、小説の恩師です。
 帯先生にご指導していただいたおかげで、私はいまも、「書くこと」を続けていられるのだと思っています。優しく、厳しく、美しい先生でした。

 2日の御通夜から帰宅し、深夜に、追悼文を書かせていただきました。9月11日(土)東京新聞の「サタデー発言」に掲載の予定です。

 帯先生......ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。

 「時」は、容赦なく流れていき、昨日と今日は決して同じではありえない……頭ではわかっているのですが、心がなかなかついていきません。
 けれども……「時」が救ってくれることも数多くあります。残酷であり、あたたかくもある。それが「時」というものなのでしょう。
 
  猛暑のおつかれが出る頃です。 
  皆様、どうか、ご自愛ください。   9月6日

# by makisetsu | 2004-09-06 18:08 | その他 | Comments(0)  

奈良の大仏

b0109481_4293952.gif(長井秀和風に)
 「奈良の大仏」と聞いて、くりぃむしちゅーの有田哲平を思い浮かべる人は、「お笑い」好きだ。間違いない!(笑)。

 テレ朝(木)深夜のバラエティ番組、ビンボーバトル『銭形金太郎』は、素人さん数人が自己の貧乏ぶりを競うバトルです。登場するビンボーさんたちは、自称映画監督、自称アイドル、売れない俳優、演歌歌手など、夢を抱いて頑張っている方がほとんどですが、なかにはグータラビンボーさんもいます。さまざまな方のユニークなキャラぶりに毎回、感動。そして、その方たちをリポートするお笑い芸人さんたちの絶妙なリポートぶりに爆笑。優勝賞金が二十万円という中途半端さもいいし、ゲスト審査員のビミョーなコメントも聞き逃せません。
 最近フカキョン(深田恭子さん)とのツーショットをフライデーされ、そればかりか三股、四股愛まで噂されているモテモテ有田さんは、その番組でリポーターをしながら、『ウチの相方』という、相方の蘊蓄王、上田晋也さんをネタにした即興ソング(?)をよく歌います。そのなかの一曲がこれ。
 
 ♪ウチの相方 上田晋也
  最近とってもオシャレ
  ネックレスにブレスレット
  もちろんメーカーはクロムハーツ
  だけど 携帯ストラップは
  ワン、ツー、スリー、フォー
  奈良の大仏
  奈良の大仏
  メーカーはもちろん東大寺
  奈良の大仏 奈良の大仏
  奈良の大仏 奈良の大仏
 (語り)オレが買ってあげた
 奈良の大仏のストラップ……。

 もうね、このバカバカしさ加減がたまらなく好きです。歌、すごくうまいですし。最後の語りには、二人の愛(?)が、滲み出ているじゃないですか。実際、くりぃむしちゅーさんは、ほんとに仲がいいそうですしね。
 今夏の「銭金サマーフェスティバル」でもATB(有田哲平バンド)のボーカルとして、この曲、歌っていましたが、番組内で初めて歌ったのは去年の今頃だったと記憶しています。
 ♪奈良のダイブツ~
 あれ以来このフレーズが耳に残って。いつも口ずさんでるうちに、なんだかいきたくなってしまったのですよ、奈良。 「そうだ、京都いこう」のCMと同じような作用なんでしょうね。まったく、乗せられやすい私(^-^;)
 というわけで奈良にいってきました。
 長女は仕事のスケジュールとの折り合いがつかなくなってしまったので、今回は二女とふたり旅。
 私は中学の修学旅行以来ですので、ウン十年ぶり。
二十一歳の二女は初めてです。彼女は、中学の修学旅行は青森で田植え体験、高校の修学旅行は北海道と、北にばかりいってたので、「ワタシも大仏と鹿を見てみたいゾ」と常日頃から言っていたのでした。

b0109481_43015100.gif さて、ついたその日は、雨の中、法隆寺に。
 五重塔ももちろん素敵ですが、私が好きなのは夢殿。なんて美しいフォルムなのでしょう。雨に烟ったその姿は、いっそう趣がありました。
 翌日からは晴天。若草山にのぼり、私は一頭の鹿にパンをあげました。一度食べ物を見せると、ほかの鹿もダダダダダーッと寄ってきます。「鹿を見たい」といってた二女は、十数頭の鹿が駆け寄ってくるのにおそれをなして逃げ回っていました(笑)。しかし東大寺ではマジで大仏のストラップを買っていました(笑)。興福寺、春日大社、奈良ホテル、ならまち、元興寺……いろいろめぐる中で感じたあれこれを、心のノートに書き留めて。
b0109481_4305185.gif 最終日は京都の嵐山に寄り、「老松」の夏柑糖をゲット。夏みかんをくりぬき、その果汁を入れた寒天を、くりぬいた夏みかんに流し込んで固めた、手作りのお菓子です。以前テレビでV6の番組で紹介されていたのを見て、あまりに美味しそうだったので、ずっと食べたいと思っていました。ひんやりと舌の上でとろける上品な甘味、香り豊かでジューシーでさっぱりさわやか、期待にたがわぬ一品! でした。
 嵐山では「美空ひばり館」にもいきました。中に入ると、入場者は御年配の貫禄ある方々ばかりで、私などは若手、娘などは赤ん坊のようなものです。
 幼い頃、初めて連れていってもらった映画がひばりちゃん主演の映画でした。館内には、彼女の映画の数々のシーンが観られるコーナーもあります。豪華衣装の展示、劇場の楽屋や自宅リビングを再現した部屋、その生涯を描いたフィルムや、コンサートの模様も上映されていたりと見所たっぷり。水が流れる仕掛けがしてあるワイドシアターでは、スクリーンにひばりちゃんの姿がアップで映り、『川の流れのように』が朗々と流れています。お嬢の名唱に合わせて私も「あ~あ~川の流れのよーうに」と歌ったのでありました、ハイ。
 しかし帰りの新幹線の中では、♪奈良のダイブツ~ と、依然口ずさんでいる、お笑い染まりの私なのでした。

 ところで『銭形金太郎』は、この秋からゴールデンタイムに移るとか。人気があって視聴率が見込める番組をゴールデンにもっていきたい局の気持ちはわかるのですが、「深夜」だからこそ、その良さが生きる番組って、あると思うんですよね。
 深夜帯「銭金」ファンとしての私の気持ちはといえば……ひっそりした暗めのバーでひとりで飲んでいたいのに、そしてそれがなにより楽しいのに、「あら、そんなところにいないで、みんなでワイワイお喋りしながら食事しましょうよ」って、照明が皓皓としたファミレスに連れてかれちゃうみたいな感じです。
 そういえば前に、あの『マネーの虎』もゴールデンにいって、でも裏番組が強くて視聴率が伸びなくて、また深夜にもどり、やがて打ち切りになりました。好きだったんだけどなあ、『マネーの虎』。いま、『学校へ行こう!』で、「マナーの猫」ってパロをやってて笑えます。
 そうそう、ツヨポンとユースケさんの『ぷっすま』も、深夜帯で大好きな番組。深夜だからこその、ちょっと気の抜けた感、お気楽感が許されていて、それがなによりの魅力になっているのですから、間違ってもゴールデンにはいかないでほしいなあ。たまのスペシャルでのゴールデン放映はいいけど。
 「銭金」、ゴールデンに移っても、あのおバカさ加減やマニアック加減を失わないでほしいと願っています。土田さん、「カウントダウンテレビをご覧の皆様」っていうお決まりのフレーズ、続けてくださいね。あのあとどんなアーティストの名前をいうのか、いつも楽しみにしているんですから。有田さんの、番組内での新曲も楽しみにしています。そのうち、「ウチの相方」ってアルバム、ぜひ出してくださいね。
 ♪奈良のダイブツ~。

# by makisetsu | 2004-09-06 18:07 | 旅・お店情報など | Comments(0)  

ウォンビン

 さて、韓国映画を一本。
 ハリポタ、韓流と続くこの流れ。我ながら、ほんとにミーハーですね。ま、いまに始まったことじゃありませんが(笑)。
 私が一番イケメンだと思うのは、なんといってもこの人です。
 ウォンビン。
 二年前、テレビで日韓合作ドラマ『フレンズ』を観たとき、「えー、こんなに純粋そうに見える人って、いまでもいるんだ」とびっくりした覚えがあります。
 『フレンズ』は、韓国青年(ウォンビン)と日本女性(深田恭子)のラブストーリー。女心について察しが悪い青年を、フカキョンが、軽くすねながら、日本語で責める場面がありました。こんな感じの台詞だったと記憶しています。
「まったく、鈍感男なんだから」
 青年は意味がわからず、その言葉をたどたどしくなぞり、聞き返すのです。けげんそうな表情で、けれどもちょっと微笑みながら。
「……ドンカンオトコ?」
 ううう、カ、カワイイ……たどたどしさって、母性本能をくすぐります。ドラマを観ていた女性で、あの瞬間にウォンビンのファンになった人って多いんじゃないでしょうか。そういえば、来日したヨン様が、「アイタ……カッタ」っていったときも、ファンの方々は嬌声をあげていましたよね。
b0109481_4361455.jpg さてそのウォンビンと、こちらも韓国男優四天王のひとりチャン・ドンゴン共演の『ブラザーフッド』。
 映画のテーマは、まさにタイトルそのもの。朝鮮戦争を背景に、「兄弟愛」を描いた物語。監督・脚本は、『シュリ』のカン・ジェギュです。
 体が弱く、けれども頭脳明晰で優等生の弟ジンソクをウォンビン、その弟を大学にやるために、父亡きあと、靴磨きをしながら家族の生活を支えている兄ジンテをチャン・ドンゴンが演じます。
 1950年6月、ソウル。学校帰りのジンソクは、兄ジンテが仕事をしている通りに走っていきます。ふざけあう、仲のいい兄弟。兄はその日、弟に万年筆をプレゼントします。
「イ・ジンソク」という名が刻まれた万年筆を。喜びながらも、「……高かっただろ?」と心配し、とまどう弟ジンソク。
「欲しがってたじゃないか。カッコイイぞ!」
 ジンテは弟のシャツの胸ポケットに万年筆をさしてやります。
「ありがとう、兄さん」
 兄は弟にアイスキャンディーを買ってやります。一本のアイスキャンディーをゆずりあいながら、笑顔でかじる二人。
 母は露店の素麺屋をやっていて、兄の婚約者が店を手伝っています。貧しくても、家族の愛に満ちた生活。
 けれども戦争が勃発し、ジンテとジンソクは軍に強制徴集されてしまいます。母と、婚約者と引き裂かれ、軍用列車で戦場へ向かう兄弟。そこは地獄のような場所でした。炸裂する砲弾。凄まじい轟音。弟を無事にソウルに生かして帰すにはどうしたらいいのか。そのためにはなんでもするつもりのジンテは、大隊長から、こんな話を聞き出します。
 部隊を救うために自爆し、武功勲章を受けた父親がいた。そのおかげで、彼の息子は除隊することができたのだ、と。
 密かに覚悟を決めたジンテが弟のところにいくと、ジンソクは、悲しげにつぶやくのです。いまのこの戦時の状況が、
「夢だったらいいのに」と。
「目が覚めると家で、僕は兄さんにいうんだ。『おかしな夢を見た』って。それで、僕は学校にいって、母さんと兄さんは店にいくんだ」
 派手な台詞ではないのですけれど、ささやかな日常の幸せの大切さを、真実味をもって、スクリーンのこちら側の観客に伝えることに、ウォンビンは成功しています。その透明感のある瞳で。寂寥感のある静かな声で。
 ジンテは弟に、心配するな、必ずその日は来るから、と応えます。
 そうしてジンテは、奇襲作戦など危険な任務を志願し手柄をたてていきます。すべては弟を除隊させるために。けれどそんなジンテを見てジンソクは、「兄さんは、人が変わってしまった」と反発をするのです。
 ひよわなジンソクが、戦争という環境のなかで、心も体も成長していく様をウォンビンが、そして、初めは弟を救うためだけに戦果をあげようとしていたジンテが、徐々に戦争の狂気そのものに染まっていく様子をチャン・ドンゴンが、それぞれ見事に演じています。目の前で地雷や砲弾が爆裂する戦闘シーンの臨場感は、はんぱじゃありません。
 ヒューマン、かつスケール感ありで、今年ロードショーで観たうちでは、一番心を動かされた、もう一度観たいなと思った映画です。
「それってウォンビンが出てるからでしょ?」と突っ込まれたら、否定はできませんが(笑)

 本編が始まる前、日本ファンに向けて、ウォンビン、チャン・ドンゴン二人のメッセージが、それぞれアップでスクリーンに映し出されるのも、ファンには嬉しいかぎりでした。
 ところでチャン・ドンゴンて、お笑いの劇団ひとりさんにちょっと似ていますよね。そうそう、四天王のもうひとり、イ・ビョンホンは、ネプチューンの原田泰造さんに似ていると思います。ファンの方、おこらないでください。劇団ひとりさんも原田さんもハンサムですよー。
 ウォンビンは、次作映画『うちの兄貴』がクランクアップしたあと、兵役で軍隊にいくそうです。俳優活動が中断されるのは残念ですが、きっとまた新しいなにかをつかんで帰ってきてくれることでしょう。
 あ、ウォンビン話がすっかり長くなりまして(^-^;)前回、タイトルをあげた映画のことを書く体力が残っていません、どうかご容赦を……&また次の機会をお待ちいただけましたら幸いです。

 猛暑のなか、皆様、どうかおからだにお気をつけておすごしくださいませ。 7月28日

# by makisetsu | 2004-07-28 18:09 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

ハリポタ

b0109481_435043.jpgううう、ア、アツイ……避暑は映画館(笑)。
 先日観たのは、シリーズも三作目の『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』。私、ハリポタ映画としては、この三本目が一番好きです。あかぬけてる感じ。今作のキュアロン監督ってセンスがいいと思いました。
 おじさんの家を飛びだしたハリーをロンドンまで運んでくれる「ナイト・バス」は、本で読んだイメージよりも素敵。乗ってみたくなりました。
 キャストについては、一本目から、ロン役のルパート・グリントくんが味があって好きなのですが、育つにつれてあのファニーフェイスがどんなふうになっていくのか、ちょっと心配でもありました。少年少女スターって、「えー、前は可愛かったのに……」っていう人もいるじゃないですか。でも、ハリーのダニエルくんも、ハーマイオニーのエマちゃんも、そしてもちろんルパートくんも、とても「いい感じ」に成長してて、ほっとしました。さなぎが蝶になったような三人の魅力が、存分に活かされてる映画だと思いました。
 名台詞といっていいかどうかはともかくとして、作品のなかで一番印象的なのは、やっぱりこの呪文です。幸せの思い出をイメージしてプラスのエネルギーを出し、ディメンタ-(吸魂鬼)を追い払うというもの。
「エクスペクト・パトローナム」
 「守護霊よ来たれ」という意味で、たいへん高度な魔法の呪文。ハリーがこの呪文を使いこなせた場面は、胸にきゅんときました。
「エクスペクト・パトローナム」
 私も使ってみようと思いました。
 エクスペクト・パトローナム、この猛暑を追い払っておくれー! エクスペクト・バトロー……ううう、35度、変わらず。使えてねー(笑)。

# by makisetsu | 2004-07-28 18:08 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

波田さん

 あっ、ところで、名台詞といえば、いま気になっている芸人さん、ギター侍、波田陽区(はたようく)。テレビ番組「エンタの神様」で数回見ました。ネタ的には芸能人いじりで、そんなに新しいとは思わないんですが、そのかたちが、ちょいとユニーク。
 着流しにギター。「拙者、小さな頃からテレビっ子でございます」と、ギターを弾き始める。そのリズムに乗せ、いじる芸能人の言ってそうなことを台詞のかたちにして語る。たとえばBoAネタだと、「ワ、タ、シ、BoAです。韓国と日本の掛け橋になりたいの」てなことをあれこれ言う。そしてそのあと波田さんの地にもどり、「……って、言うじゃない」。それからちょいと間をあけ、波田さん本人の突っ込み。「ア-タのつくった掛け橋、ユンソナに利用されてますから。残念! 悲しみのアン・ジョンファン 斬り!!」
 この、「言うじゃない」「アータ(アンタだったり、アータだったりしますが、アータのときの響きがソフトで好き)」「~から」「残念!」「~斬り!!」のセットで、いろんな芸能人を斬ってくわけです。でもって最後のオチは、自分自身の情けないところを述べて、「切腹!!」でまとめる。先週の「エンタ」では、こんな具合でした。「拙者、中二まで、母親とお風呂に入ってましたから。切腹!!」
 言葉と言葉の「間」のとりかた、ブラックとナンセンスの織りまぜ具合、気弱な人が無理して強がっているような哀しげな表情、その三点セットに魅かれ、「ナマで見てみたーい!」と、早速、波田さんが出るライブチケットを近くのコンビニに買いにいったら、既に完売でした。「残念!」(笑)

 ジメジメ梅雨には、映画『雨に唄えば』を観て明るい気分になりましょう。雨の中、ジーン・ケリーが唄い踊るあの名シーンは、何度観ても、心が弾んでくるのです♪♪♪ 6月2日

# by makisetsu | 2004-06-08 16:10 | お笑い・TVの感想など | Comments(0)  

ホテル ビーナス

 さて、今年に入ってからスクリーンで観た、ほかの映画の名台詞もあれこれ。
 年頭に観たのは、拙著『童話を書こう!実践篇』(青弓社)でインタビューを掲載させていただいた五十嵐匠監督の新作『HAZAN』です。五十嵐監督の映画は、カメラマン一ノ瀬泰造を描いた『地雷を踏んだらサヨウナラ』も、童謡詩人金子みすゞの生涯をあらわした『みすゞ』もそうでしたが、いつも色が美しい。この映画は、陶芸家、板谷波山(いたやはざん)の半生を描いた作品なので、出てくるやきものの色合いを味わう楽しさもあります。波山を演じているのは榎木孝明さん。武蔵美で学び、画家としても活躍している榎木さんですから、ぴったりのキャスティングといっていいでしょう。
 美術教師という職を捨て陶芸一本の道を選んだ波山は、家族を抱え貧困生活を送ります。初窯の作品を有名陶芸家に「思想がない」と酷評されたときの、波山のひと言が、いいんです。
「突き進むことで、何かを得られると信じています」
 波山の「突き進む」姿を、静かに、しかし熱く描いていくこの映画。派手ではありませんが、じわじわと胸に沁みて、あとあとまで心に残る作品です。現在も全国各地で劇場公開や自主上映がされている模様。詳しい情報は『HAZAN』のHPでご覧ください。
 
『ラスト・サムライ』については前々回のこのコーナーに書きましたが、やっぱり謙さん演じる勝元の、イマワノキヨシロウ、じゃなくてイマワノキワの台詞、「イッツ・パーフェクト」でしょう。謙さんが悪役を演る『バットマン』も待ち遠しいなあ。ちなみにティム・バートン監督も、過去に『バットマン リターンズ』を撮っています。
b0109481_4384796.gif SMAP好きの私は、『ホテル ビーナス』も、当然チェック。SMAPでは吾郎ちゃんが一番好きで、二番目に好きなのがチョナン・カンこと草なぎ剛くん、ツヨポンです。
 『ホテル ビーナス』は、謎めいた老オカマのビーナスがオーナーであるホテルを背景に、心に傷を持つ人たちの再生を描いた物語。韓国俳優はもちろんのこと、日本の俳優も全員韓国語で演じ、字幕が出るといったつくりになっています。ツヨポン(チョナン)の熱演と、映画は意外にもこれが初出演という、ベテラン舞台俳優市村正親さん(ビーナス)の、押さえ気味の渋い演技が光っていました。
 ただ、幾つかのエピソードにあまり厚みが感じられなかったのと、編集がブツブツした感じで(それが、ねらいでもあったのかもしれませんが)どこかギクシャクした印象を受けました。いい場面もいい台詞もいっぱいあったんですが、全体のバランスがよくなくて、それらが活かしきれていなかったんじゃないかなあ……「もったいない」「惜しい」という感じを受けた映画でした。「予告編」がよかったので、期待しすぎた、ということもあるのかもしれません。
 それにしても、ツヨポンはマジで演技うまいです。昨年観た『黄泉がえり』では、竹内結子さんとおでんを食べるシーンが最高でした。どうしてあんなに自然な演技ができるのでしょう。これも去年の、テレビ連ドラ『僕の生きる道』の、余命一年の教師役には、凄みさえ感じました。橋部敦子さんのシナリオもクオリティー高かった。黒澤明監督の『生きる』をベースにしているのでしょうが、それと比べても遜色なかった、というのは誉めすぎでしょうか。あ、話が脇道に……(^-^;)
 『ホテル ビーナス』の名台詞といえば、やっぱりこれ。過去の傷の上に新たな事件も重なり、落ち込んでいるチョナンに、ビーナスが、ホテルの屋上でしみじみと語る場面。
「背中が重たいやつほど、きっといつかは高く飛べるんだ」
 市村さんが言うので重みがあります。同じ台詞でも、どういう役者さんが語るかで、まるで違って聞こえるものなのでしょう。
 あー、数篇ご紹介しているうちに、私のまぶたがだんだん重くなってきてしまいました(--;)『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』『ホストタウン』『レジェンド・オブ・メキシコ』『ピーター・パン』の名台詞については、次回でまた、ご紹介させていただきますね。

# by makisetsu | 2004-06-02 18:09 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

ビッグ・フィッシュ

b0109481_4374885.gif今日(5/31)は日比谷に出かけて、『ビッグ・フィッシュ』を観てきました。大好きなティム・バートン監督の新作です。
 テレ朝『スマ・ステーション』の映画コーナーで稲垣吾郎ちゃんが、この映画をあまり評価してなくて、「主演がジョニー・デップだったら、よかったかも」と言っていました。そう、なにしろティムとジョニーは最強コンビ! 『シザーハンズ』『エド・ウッド』『スリーピー・ホロウ』……二人が組むと、一足す一が十以上にもなってしまうのが不思議です。とても相性がいいのでしょう。
 『ビッグ・フィッシュ』主演のユアン・マクレガーって、私、嫌いではないのですが、『スター・ウォーズ』でも『ムーラン・ルージュ』でも、なぜかいつもダニエル・カールに見えてしまって(笑)今回も、ちょっと不安を抱きながら映画館へ……。

 『ビッグ・フィッシュ』のストーリーはこんなふうです。
 自分の人生を、魔女や巨人や幻の町が出てくる「おとぎ話」仕立てで語るエドワードは、家族や友人、皆に愛されていました。でも、ただ一人、息子のウィルだけは、「嘘」の物語をでっちあげているとしか思えない父のことを、好きになれないでいました。ウィルは、「事実」を大切にするジャーナリストになり、パリで暮らしています。ある日、ウィルは母からの電話で、父の命があと僅かだということを知り、妻とともに故郷にもどります、そして、ベッドにいる父に、まっすぐ向き合うのです。「本当の父さんを見せて。悪人でも善人でもいいから」。それに答えるエドワードの台詞が、いいなあ、と思いました。
「私はいつも自分そのものだ。それが見えんのは、お前がわるい」
 このエドワード役を名優アルバート・フィニー、息子ウィル役を、イケメン、ビリー・クラダップが、そしてエドワードの若い頃をユアン・マクレガーが演じています。つまりユアンは、「おとぎ話」のシーンに出てくるわけです。ティムの描く「おとぎの世界」は、いつもながら、なんて魅惑的なのでしょう。中でもサーカスのシーンは圧巻です。色っぽくて、幻想的で、ちょいとグロな味つけもしてあり、ドキドキしちゃいました。

 「おとぎシーン」のエドワードが、ジョニー・デップだったら本当に素敵だったでしょうが、でも、デップだったら、きれいすぎちゃうかな、という気もしました。少しダサめのユアンのほうが、このストーリーには合っていたのではと思います。あ、でも、ティム・バートンの実生活の妻であるヘレナ・ボナム=カーター演じる、幻の町の女性ジェニファーが、ユアンを口説くシーンがあるのですが、その場面のユアンは、とてもハンサムに見えましたよ。
 ラスト二十分が素晴らしい。もう語る力も失ってしまったエドワードに代わって、ウィルが語りだすシーンは泣けます。「人生」においての「真実」とはなにか。その問いに答えてくれる、優しくせつない物語。多くの人に観てほしいおすすめ映画です。
 家の小さなテレビで観るのと、大きなスクリーンで観るのとでは、同じ作品でもだいぶ印象が違うので、これは、と思う映画は、できるだけ映画館で観たいと思っています。でも、けっこうバタバタした日々を送っているので、観たい映画の三分の一も観ていないのが現状なのですが。

# by makisetsu | 2004-06-02 18:08 | 映画・舞台の感想など | Comments(0)  

いかりやさん

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高校一年生の春のことです。私が卒業した区立のD小学校で、いままでの卒業生すべてを対象とした同窓会が開催されました。
 私は卒業してから三年ちょっとだったので、同窓会といってもあまりピンとこないというのが正直なところでしたが、張り切って出かけていきました。アトラクションとして、体育館のステージでライブが行なわれるということを聞いていたからです。
 このライブが、なんとも贅沢。木の実ナナさんとザ・ドリフターズだったのです。ナナさんやドリフのメンバーがD小の卒業生というわけではありません。D小の校医のK先生が昔バンドをしていて、その人脈で、タレントさんを呼ぶことができたのですね。
 当時、ナナさんもドリフターズも、まだそんなに売れているといったわけではありませんでしたが、芸能大好き! な私は、もちろん知っていました。
 ♪ポッ、ポッ、ポパーイ、ポ、ポ、ポパーイ♪はじけた歌声と大きな瞳が魅力的なナナさん、そして、味のあるコミックバンド、ドリフターズ。
 その頃、『ホイホイミュージックスクール』という、新人歌手発掘のTV番組があり、その司会が木の実ナナさんと鈴木やすしさん、そしてバックバンドとしてドリフターズが演奏をしていました。ちなみに布施明さんは、この番組のオーディションに合格したことで、プロとしてのスタートを切っています。
 さて同窓会当日。私は、ナナさんとドリフの楽屋に入れてもらいました。D小の校医K先生の歯科医院に通っていた私は、そのコネを利用したのです(笑)。楽屋といっても、校舎の教室を控室にしたものでしたが。
 「ホイホイ、見てます!」サイン帳を差しだす私に、ナナさんもドリフのメンバーも、にこにこと接してくださいました。
 そのときのサイン帳、だいじにとってあります。ちょっと見てみましょう。
まだ「長介」ではなく、本名の「長一」という名で活動をしていたいかりやさんのサインは、「笑いのドリフターズ いかりや長さん」。「笑」の一字が、いかりやさんの顔そっくりの絵文字になっています。仲本コウジさん(工事が、当時はカタカナ)のサインも、「笑」が仲本さんの顔の絵文字になっています。高木さんは「どりふたーず 高木ともゆき」で、可愛いブタのイラストつきです。「あらいやすお」は荒井注さんです。加藤さんもまだ「茶」ではなく「加藤英文」で、「4・29」という日付も書いてくれました。ナナさんは、私が持っていったナナさんのブロマイドにサインをしてくれました。
 体育館のステージでは、テレビで聴いたことのない曲も何曲か演奏され、ナナさんの喋りもドリフのコントも楽しく、とてもいいアトラクションだったと記憶しています。
 それから、ひと月ほど後のこと。私はジャズ喫茶にドリフのステージを見にいきました。
 ジャズ喫茶というのは、いまのライブハウスのようなものです。私は中学生のときからジャズ喫茶にいっていました。当時、中高生でジャズ喫茶に出入りするのは不良、という見方もありましたが、別に音楽を聴きにいくだけで、何も悪いことをするわけではない(笑)。私の親は、娘のジャズ喫茶通いをとがめることはありませんでした。それどころか私が小学生のとき、日劇のウエスタン・カーニバルやジャズ喫茶に初めて連れていってくれたのも両親です。父と母はその頃は商店を営んでいましたが、若いときは進駐軍でバンドを組んで演奏をしていたということもあって、そのあたりは実に鷹揚でした。
 ドリフのステージを見にいったのは、新宿ACB(アシベ)というジャズ喫茶です。
 コントと演奏で数十分、客席を沸かしたあと、ワンステージ目の終わりで、いかりやさんが客席に尋ねます。
「なにか、リクエストはありませんか」
 私はステージに向かって、D小で聴いた曲の名を告げました。(なんという曲だったか、数十年たったいまは忘れてしまいましたが(^-^;))するといかりやさんは私の顔を見て、「……ああ、あのときの子だね」と、目尻と口角にしわを寄せてニカッと、でもちょいとニヒルっぽさも漂わせて笑い、メンバーをうながし、その曲を演奏してくれました。あの頃のいかりやさんは三十代半ばだったでしょうか。足がとても長くて、ベースを弾いている姿がなんとも渋い、男前に見えました。
 以来私は、特にファンだという意識ももたないまま、けれどもずっといかりやさんを見てきたような気がします。つまりそれは、いかりやさんが常に第一線で活躍していらしたということなのでしょう。
 ビートルズの武道館公演を四回見にいったときは、前座バンドの一つがドリフだったことがとても嬉しかったです。
 『8時だよ! 全員集合』を見逃したことはほとんどありません。番組が始まっても真っ暗だった停電の回は、「ナマ」ならではのドキドキ感でした。
 ドラマ『踊る大捜査線』シリーズもワクワク(和久和久!)と観ていましたし、「ムービー」の「1」も「2」も映画館に観にいきました。
 六十代の終わり、TVCMでウッドベースを弾いていた長さんは、ACBのステージの三十代のときよりも、もっともっと男前に見えました。年を重ねるということは、なんて素晴らしいことなんだろう……そんなふうに感じさせてくれる、いかりやさんでした。
 大好きだった、とか、憧れていた、というのとは少し違うのです。いかりやさんは、「いつも、そこにいてくれる方」でした。「ずっと、そこにいてくれるはずの方」でした。家族でも友人でもないのに、とても「近しい人」でした。ご出棺のとき拍手で送った多くのファンの方々も、きっとそんなふうに思っていたのではないでしょうか。
 もう一度、いかりやさんのサインをながめてみます。「笑」の絵文字に、いかりやさんの笑顔が浮かび上がってきます。声が聞こえてきそうです。「オイーッス!」「なーんてな」……たくさんの「笑」を、たくさんのぬくもりを、ありがとうございました、いかりやさん。

 三月のぶりかえした寒さにもめげず、桜は力強く咲きましたね。
 今回は、最近観た映画の名台詞特集の予定でしたが、いかりやさんのことを書きたくて変更いたしました。名台詞特集はまた次回に。
 トップページ、いかがですか。二女(麻木乃マリ・漫画家志望)が描いた絵を、Natsumi’s Inc.さんが素敵にレイアウトしてくださいました。ご感想などいただけましたら嬉しいです。

4月1日

# by makisetsu | 2004-04-01 18:10 | 音楽・美術の感想など | Comments(0)  

幸せな旅立ち

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大学時代、落語研究会に所属していました。
 といってもその頃は、「女性部員は噺をやらない」という、部内の、なんていうか不文律のようなものがありまして、じゃ、なんのために入ったんだか(笑)と、一年生のときは、そんな不文律にちょいと反抗して、前座噺の『道具屋』を憶えて、部室で先輩部員に見てもらったりした私ですが、そのあまりの下手さに、先輩失笑(^-^;) 以降は私もおとなしく(?)書記なんぞをやっていました。

 その頃の顧問でいらしたS先生が、先日急逝なさいました。まだお若かった。六十九歳です。
 お知らせをくださった先輩が、電話口でこんなふうに話してくださいました。
「奥さんとお嬢さんがヨーロッパ旅行に立ち、先生はおひとりで留守番なさっていたらしい。ところが、夜中でも家の明かりがずっとついたままという状態が数日続いていて、『どうもおかしい』と、隣家の方が、他所で暮らしている息子さんに連絡をしたんだね。それで、息子さんが駆けつけたときには、もう……」
 すでに息をひきとっていらしたとのこと。そのお話を聞いたときには、傷ましい……という印象を抱いたのですが、お通夜にうかがい、その席で、S先生の息子さんのご挨拶を聞き、私の抱いた印象は間違ったものだということがわかりました。息子さんはマイクに向かい、こんなお話をなさっていました。
「親父は、『食べもの日記』というのをつけていたんですね。毎日何を食べたかというのを書いておく。それを、ここで紹介させていただきます」
 「食べもの日記」には、奥様と娘さんがヨーロッパへ旅立った朝、家で見送った先生は、そのあと珈琲とトーストで朝食をとったこと、昼は出前をとったことが、記されていました。
「でも、その日の夜からはなにも書かれていないんです。たぶん、ここから酒を飲みはじめて、そのあとは、ずっと飲んでいた(笑)……それで、肝臓が破裂してしまった」
 本当に、お酒のお好きな先生でした。大学時代の合宿でも、卒業後のOB旅行会の旅先でも、いつもお酒を飲んでいらしたお姿が、脳裏に焼きついています。
「CDがかかりっぱなしだったから、親父は何を聞いていたのかと見てみれば、なんと、古今亭志ん朝の『芝浜』でした」

 古典落語『芝浜』は、もとは円朝が、「酔っ払い・芝浜・財布」でつくった三題噺です。
 酒飲みで怠け者の、棒手ふりの魚屋魚勝が、浜で大金の入った財布を拾い、「これで遊んで暮らせる」と大喜び。仲間をよんで大盤振舞をしたあげくに酔って寝てしまいます。けれども翌朝女房に、「金を拾ったのは夢、散財をしたのは事実」と聞かされ、目をぱちくり。以来心を入れ替え、禁酒をして商売に励むのです。三年後、小さな店をかまえた魚勝に、女房は打ち明けます。「三年前、あんたには、あれは夢だと嘘をついて、お上にお金を届けました。腹が立ったら、私をなぐっておくれ」。魚勝は、女房をなぐるどころか、心から礼を言うのです。「俺がこんなふうに店をかまえることができたのも、おまえのおかげだ」と。そして、女房がつけてくれた酒を、三年ぶりに飲もうとするのですが、ふと手を止めて、「……よそう、また夢になるといけねえ」という、粋な落ち。(ちなみに、私が《小さな童話》大賞をいただいた作品「桐下駄」は、落語家のお父さんと男の子の話で、作中でこの『芝浜』を活用しています)

 S先生の息子さんのお話は続きます。
「それと、読みかけの本があったんです。なにを読んでいたんだろう、と見たら、向田邦子の『父の詫び状』でした。思わず言いたくなりました。親父、これは、仕込みすぎだろうって(笑)」
 息子さんのお話をうかがっているうちに、私は胸の中がぽかぽかとあたたかくなってきました。……ああ、S先生はお幸せだ。よかったなあ、と。だって、名人の粋な落語を聞きながら、洒落た作家の本を読みながら、そして大好きなお酒に酔いながら、天国に召されるなんて、こんな幸せな旅立ちはないではありませんか。それに、こんなふうにユーモラスで機知に富んだお話をする魅力的な息子さん、ヨーロッパ旅行を仲良く楽しむことのできる、素敵な奥様とお嬢さん……きっと先生は、ご家族についても、なんの憂いもなく旅立っていかれたのだろうなあと思いました。

 ……でも、やっぱり、さびしいです。拙著を送らせていただいたとき、「いい仕事、してるね」と、「なんでも鑑定団」風の、優しくあたたかなお言葉のお葉書をいただいたのが、忘れられません。あんなお葉書は、もう、いただけないんですね……。
 先生、天国でもまた、ご酒をたっぷりと、めしあがっていらっしゃるのでしょうねえ……。そうそう、そちらでは、ライブで志ん朝さんが楽しめますね。
 S先生の、にっこり微笑んだご遺影に手をふって、そのあとは、久しぶりにお会いした先輩諸氏とお酒を飲みにいった、春の宵でありました。

3月3日

# by makisetsu | 2004-03-03 18:11 | その他 | Comments(0)