あわれ彼女は娼婦

あわれ彼女は娼婦_b0109481_0203371.jpg さて7月も、渋谷Bunkamuraシアターコクーンでお芝居を観てきました。
 ジョン・フォードの。
 といっても、『駅馬車』の監督のことではなく、イギリスの劇作家。シェイクスピアと同じ十九世紀に活躍していた人だそうです。
 主役はジョヴァンニ。
 といっても、『銀河鉄道の夜』ではなく、そのジョン・フォードの戯曲『あわれ彼女は娼婦』の主人公です。頭脳明晰で人格的にも優れ、将来を属望されている若者という設定。この役を三上博史さんが演じます。
 ちょうど一年前に観た三上さんの舞台『ヘドウィグ』には、もうもう本当に感激しました!(『ヘドウィグ』については、『2005年10月』のメッセージに記してありますので、よろしかったら見てくださいね)
 今回三上さんは、演出の蜷川幸雄さんとは初めて組んだお芝居ということもあり、これまた大いに期待して足を運びました。
 翻訳は小田島雄志さんです。
 舞台背景は中世のイタリア。
 実の妹アナベラを女性として愛し、男女の関係を結んでしまうジョヴァンニ。この妹アナベラ役は深津絵里さん。
 さきほど『銀河鉄道の夜』ではないと言いましたが、そういえば宮沢賢治も、妹を大切に思っている方でしたね。三上博史さんは映画で宮沢賢治を演じたこともあります。なんかフシギ。
 で、アナベラは、ジョヴァンニの子を身ごもってしまう。さあ、どうしよう、ということで、アナベラに思いを寄せていた貴族ソランゾと結婚します。 
 この若くて金持ちでハンサムで頭もいい貴族ソランゾを谷原章介さんが演じます。ソランゾは人妻を誘惑したりと、プレイボーイなのですが、アナベラを知ってからは、彼女にご執心。

 谷原さんて、ドラマでもこういう役多いですよね。もてもてのイケメンなんだけど、自分が愛する本命には愛されないという。いわゆるフラレ役。前に『徹子の部屋』に出演し、徹子さんにそのあたりを指摘されたとき、
「僕みたいなのが(この『僕みたいな』というのは、それまでの話の流れからして、『顔も頭もいい二枚目』というような意味を含んでいます)、そういうのをやるのがおもしろいんでしょうね」とさらりと言っていて、それが少しもいやみじゃなかった。
 彼が深夜にやっている『デザイン』というテレビ番組、よく見ています。ふだん身近にあるものを、気鋭のデザイナーに依頼し、まったく新しい視点から、趣向をこらしたデザインをしてもらうといったもの。
 たとえば、ボックスをとっぱらっちゃったティッシュボックスとか、平面のポリシートに切り取り線を入れ、それを切って広げるとレインコートになる、簡易レインコートとか、毎週ユニークなものが登場します。
 そのデザインを見るだけでも十分楽しいんですが、この番組のナビゲーターを、白いスーツをびしっと着て、かっこつけた仕種から、甘い目配せまで、もうわざと、確信犯的にキザ男としてやっている谷原さんが、それ以上におもしろく楽しい。センスのいい番組だと思います。
 深夜番組といえば、もうひとつ好きなのが、小泉孝太郎さんの『孝太郎プラス』ですが、そのことについてはまた今度。

 さて話をもどし。
 アナベラと結婚したソランゾは、アナベラが妊娠していることに気づき、彼女を「娼婦!」と、ののしります。
 タイトルであり、芝居の最後の決め台詞にも入っている、この「娼婦」という言葉、いまの時代ですと、なんだか違和感ありますが、当時は「貞節、寡黙、従順」が理想の女性のありかたとされていて、その対極にあるものを象徴する言葉であったのだそうな。
 で、ソランゾは、お腹の子どもの相手が誰なのか、さぐり出そうとするわけです。
 そして、もう、あとは血みどろの……。
 実際、芝居の後半は凄絶な場面だらけなのですが、そんななかで不思議と浮かび上がってくるのが、ジョヴァンニとアナベラの…本来ならとんでもない、汚れた恋であるはずなのに…けれども、なににもとらわれない、「純な心」、といったものなのです。この「純」な感じを出すのが、そしてそれを観客にしっかり受けとめてもらうのが、とても難しい劇ではと思うのですが、三上さんと深津さんは、そのあたりをきっちりと、こちらに伝えてくれたと思います。
 凄絶といえば、ジョヴァンニが、ひとつの心臓を(ある人の心臓をえぐってとりだしたものなのですが、誰の心臓かは、ここでは伏せておきますね)剣に突き刺し、それを掲げて、血まみれで登場する場面があるのですが、これって、もしもジョヴァンニ役が三上さんでなければ、陳腐になってしまうおそれもありだなあと思いました。
 このお芝居を、いま、三上さん以外だったら誰ができたか、ちょっと思いつきません。
 蜷川さんが以前から三上さんに熱烈なラブコールを送っていて、そして蜷川さんが選んだのがこの劇だというのが、納得させられてしまう舞台です。
 十三年前の舞台では、蜷川演出ではありませんが、豊川悦司さんが演じたそうです。なるほど。でも、たぶん、もう少しおさえた感じの演出だったんじゃないかなあ、なんて、勝手に想像しています。
 イギリスではジュード・ロウが舞台で演じたこともあるようです。ジュード・ロウというと、映画では、通りがいいのは『A.I.』や『リプリー』なんでしょうが、私は、ラストが悲しい近未来映画『ガタカ』と、それから、オスカー・ワイルドの愛人役(オスカー・ワイルドは男色)を演じた『オスカー・ワイルド』が好きです。それについてはまた今度。またまた「今度」ばっかりですが(笑)。

 ともあれ、すばらしい舞台でした!
 「純」とはなにか。「愛」とはなにか。
 これって永遠のテーマですね。
 生きていく上でも。書いていく上でも。

 梅雨はまだ明けていないのですね。
 皆様どうかご自愛くださいませ。  7月26日
Commented at 2006-07-30 09:26
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by makisetsu at 2006-07-31 01:11
どうもありがとうございます!
やっと梅雨が明けましたね。でも私、暑いの苦手なので(A^^;早くも秋が待ち遠しいです(笑)ではではまた(^-^)/
by makisetsu | 2006-07-26 00:29 | 映画・舞台の感想など | Comments(2)